さいこうの夜 F-LAGS篇 Aルート
このキノコは賢君とは関係ないだろう。
厨房には特別、変わったことはないようだ。
これで行けるところは全部調べてみたが、賢君は見つからなかった。
どこにいるんだろうか。
「……プロデューサー、そういう時は原点回帰がいいと思う。一度談話室に戻ってみるのは、どうだろうか?」
原点……そうだ、そもそもは談話室で見つけた予告文から始まったことだった。
ぼくらは涼とかのんが予告文を見つけた談話室を調べてみることにした。
「僕は、ここのテーブルに置いてあったのを見つけたんです」
涼が指差すテーブルには、赤い跡が点々と付着していた。
「ぎゃおおおおん! こ、これって、もしかして、ち、ち、血……!?」 「落ち着くんじゃ、涼!」
動揺する涼を大吾が真剣な面持ちでなだめる。
涼たちが予告文を見つけた時も、赤い跡はあったのだろうか? そう思って、ぼくは涼に尋ねてみた。
「すみません、あの時は予告文に動揺しちゃって。跡があったかどうか、よく覚えていないです」
こんなメモがあったら、涼の動揺も仕方がないことだ。
大吾は赤い跡を指でなぞり、匂いを嗅いだ。
「ん? こりゃあ、血じゃないけぇ」
九十九さんもテーブルの赤い跡をなぞって言った。
「……これは、インクのようだな」
「な、なんだ。血じゃなかったんですね」
2人の反応に凉はほっとした表情をした。
「プロデューサー、これをみてほしい」
テーブルの下を調べていた九十九さんが、1本の万年筆をぼくに見せた。
万年筆の持ち手部分は、乾いたインクがべっとりとついていた。
「どうやら、この万年筆のインクが漏れてテーブルについたようだな」
そして九十九さんは、1つの推理を語り出した。
ぼくたちが談話室へ行く前、誰かがこの万年筆を使い、談話室のテーブルでメモを書いた。
乱暴に扱ったのか、元々インクを充填する部分が緩かったのかわからないが、万年筆を置いた時にインク漏れを起こしてしまい、それが染みのようにメモについてしまった。さらに、万年筆が転がったことでいくつかの文字が潰れてしまう。万年筆はそのままテーブルの下に落ちてしまったのだろう。
テーブルに残されたのは、文字が部分的に消えたメモと点々とついたインクの跡。
それが、この予告文のトリックだというのだ。
では、インクで潰されたところには何が書いてあったのだろう?
「あれ? 見てくださいこのメモ。もう1枚白紙がついていますよ」
涼が予告文のメモをめくると、下に白紙のメモがついていた。
おそらくメモを台紙から剥がすとき、一緒にくっついて剥がれたものだろう。
「涼、そのメモを見せてくれないか?」
「九十九さんは涼から予告文についていた白紙のメモを受け取ると、蛍光灯で透かして紙を見ていた。
「大吾、涼。すまないが、フロントに鉛筆があったら持ってきてもらいたいんだが」
「先生、鉛筆なんて持ってきて、どうするんじゃ?」
「……このメモの内容を解読できるかもしれない」
しばらくすると、大吾と涼が鉛筆を持って談話室へと戻ってきた。
九十九さんは、白紙のメモを鉛筆で黒く塗り始める。
全体的に塗っていくと、徐々に何か文字のようなものが浮かび上がってきた。
「フロッタージュ……、コインの上に紙を乗せて鉛筆で塗ると、文字や模様が浮かび上がる。それと同じ原理だ」
「すごい! さすが一希さん。推理小説のトリックみたいですね!」
涼は九十九さんの解説に感動していた。
「なになに? こんにやく、ごまだれ……? なんじゃこれは」
大吾は、浮き出た文字を読んで不思議そうな顔をしている。
ぼくたちは別の紙に浮き出た文字を書いてみることにした。
どうやらメモには『こんにやく』、『12んじん』、『ごまだれ』、『かぶ』、『しようが』、『→そうこ』、『きやく』、『たなか』、『える』と書いてあるようだ。
「これだけでは、よくわからないな。消えている文字と照らし合わせてみたほうがいい……」
九十九さんの提案通り、ぼくはメモを予告文と同じように書いてみることにした。
こん(に)や(く)
12(ん)じ(ん)
(ごま)だれ か(ぶ)
(しょう)が (→そうこ)
き(やく) (たなか)える
潰れていた文字をカッコ書きにしてみたが、これはなんのメモだろうか?
「うーん。これって、もしかして食材の名前なんじゃないでしょうか? かぶって書いてありますよね」
しばらくメモを眺めていた涼が口を開いた。
「……涼の言う通りかもしれない。『こんにやく』、『しようが』は、促音の『ゃ』と『ょ』が小さく書かれていないが、本来なら『こんにゃく』『しょうが』
……そして『12んじん』の『12』は崩れている字でわかりにくいが、おそらく『に』のことだろう。
つまり『にんじん』だな……」
『→そうこ』、『きやく』、『たなか』、『える』は違うが、他は涼が言う通り、食材の名前だ。
『たなか』『える』と言うのは、一体……
不思議に思っていると、大吾が言った。
「この『たなかえる』っちゅーのは、あのカエルの客の名前じゃな? さっき話をしたら『田中エル』って名乗っておったぞ!」
そうか、あのカエルのお客さんの名前だったのか。
ということは、この『きやく』は、さっきの『こんにゃく』と同じで促音が小さく書かれていないのかもしれない。
つまり『規約』ではなくて『客』ということになる。
なるほど!
この予告文の真相がわかったぼくは、閃いた考えをゆっくり説明し始めた。
つまり、こうだ。
促音は、急いで書いたため、走り書きになって大きく書いてしまった。
加えて『に』も崩れた字になってしまった。
そこへ突然、田中さんからの連絡が入る。
帳簿が手元になかったので、とりあえず買い物メモに名前を記したんだろう。
そしてこれを書いた主は、誰かに呼ばれたのかメモと万年筆を談話室のテーブルに置いて行ってしまった。
あとは九十九さんがさっきインクの説明をした通りだ。
つまり、偶然が重なってできたこの予告文の正体は、食材の買い出しリスト 。
そしてこれを書いたのは、食材を買う必要がある人。
そう、ペンションオーナーの小林夫妻だ。
「……そうだな。おれもプロデューサーの推理通りだと思う」
ぼくが説明をし終わると、九十九さんはうなずいてくれた。
大吾と涼は、ほっとしたような顔をした。
「じゃあ、あの予告文は賢とは何も関係ないんじゃな?」
そうだ。賢君は、何か事件に巻き込まれたわけではなかったのだ。
「安心できませんよ! まだ賢くんは見つかっていないんですから」
涼は心配そうな目でぼくに訴えた。
そうだ。早く賢君を見つけてあげないと。
消えたのではないなら、賢君はどこにいるのだろう?
「この、【そうこ】って、倉庫のことでしょうか?」
倉庫? 1階を全部調べてみたが、倉庫らしき場所は見つけられなかった。
「……厨房には保存食を保管する場所がなかった。ということは、どこか倉庫を作って置いているかもしれない……」
九十九さん、さすがの観察力だ。
ぼくは感心しつつ、倉庫のことを考える。
1階には他にも部屋はあるが、暖房の効いた部屋では野菜や果物もすぐにだめになってしまうだろう。
適温かつ適度な湿度を保てる場所は……。
「地下?」
このペンションには地下があるのかもしれない。
そこに備蓄品を置いている、倉庫がある?
「よし、その倉庫へカチコミじゃ!」
とにかく倉庫があるかもしれないことだけでも、社長に伝えに行こう。
談話室に行くと、社長は落ち着きのない様子でソファに腰掛けていた。
NEXT→
厨房には特別、変わったことはないようだ。
これで行けるところは全部調べてみたが、賢君は見つからなかった。
どこにいるんだろうか。
「……プロデューサー、そういう時は原点回帰がいいと思う。一度談話室に戻ってみるのは、どうだろうか?」
原点……そうだ、そもそもは談話室で見つけた予告文から始まったことだった。
ぼくらは涼とかのんが予告文を見つけた談話室を調べてみることにした。
「僕は、ここのテーブルに置いてあったのを見つけたんです」
涼が指差すテーブルには、赤い跡が点々と付着していた。
「ぎゃおおおおん! こ、これって、もしかして、ち、ち、血……!?」 「落ち着くんじゃ、涼!」
動揺する涼を大吾が真剣な面持ちでなだめる。
涼たちが予告文を見つけた時も、赤い跡はあったのだろうか? そう思って、ぼくは涼に尋ねてみた。
「すみません、あの時は予告文に動揺しちゃって。跡があったかどうか、よく覚えていないです」
こんなメモがあったら、涼の動揺も仕方がないことだ。
大吾は赤い跡を指でなぞり、匂いを嗅いだ。
「ん? こりゃあ、血じゃないけぇ」
九十九さんもテーブルの赤い跡をなぞって言った。
「……これは、インクのようだな」
「な、なんだ。血じゃなかったんですね」
2人の反応に凉はほっとした表情をした。
「プロデューサー、これをみてほしい」
テーブルの下を調べていた九十九さんが、1本の万年筆をぼくに見せた。
万年筆の持ち手部分は、乾いたインクがべっとりとついていた。
「どうやら、この万年筆のインクが漏れてテーブルについたようだな」
そして九十九さんは、1つの推理を語り出した。
ぼくたちが談話室へ行く前、誰かがこの万年筆を使い、談話室のテーブルでメモを書いた。
乱暴に扱ったのか、元々インクを充填する部分が緩かったのかわからないが、万年筆を置いた時にインク漏れを起こしてしまい、それが染みのようにメモについてしまった。さらに、万年筆が転がったことでいくつかの文字が潰れてしまう。万年筆はそのままテーブルの下に落ちてしまったのだろう。
テーブルに残されたのは、文字が部分的に消えたメモと点々とついたインクの跡。
それが、この予告文のトリックだというのだ。
では、インクで潰されたところには何が書いてあったのだろう?
「あれ? 見てくださいこのメモ。もう1枚白紙がついていますよ」
涼が予告文のメモをめくると、下に白紙のメモがついていた。
おそらくメモを台紙から剥がすとき、一緒にくっついて剥がれたものだろう。
「涼、そのメモを見せてくれないか?」
「九十九さんは涼から予告文についていた白紙のメモを受け取ると、蛍光灯で透かして紙を見ていた。
「大吾、涼。すまないが、フロントに鉛筆があったら持ってきてもらいたいんだが」
「先生、鉛筆なんて持ってきて、どうするんじゃ?」
「……このメモの内容を解読できるかもしれない」
しばらくすると、大吾と涼が鉛筆を持って談話室へと戻ってきた。
九十九さんは、白紙のメモを鉛筆で黒く塗り始める。
全体的に塗っていくと、徐々に何か文字のようなものが浮かび上がってきた。
「フロッタージュ……、コインの上に紙を乗せて鉛筆で塗ると、文字や模様が浮かび上がる。それと同じ原理だ」
「すごい! さすが一希さん。推理小説のトリックみたいですね!」
涼は九十九さんの解説に感動していた。
「なになに? こんにやく、ごまだれ……? なんじゃこれは」
大吾は、浮き出た文字を読んで不思議そうな顔をしている。
ぼくたちは別の紙に浮き出た文字を書いてみることにした。
どうやらメモには『こんにやく』、『12んじん』、『ごまだれ』、『かぶ』、『しようが』、『→そうこ』、『きやく』、『たなか』、『える』と書いてあるようだ。
「これだけでは、よくわからないな。消えている文字と照らし合わせてみたほうがいい……」
九十九さんの提案通り、ぼくはメモを予告文と同じように書いてみることにした。
こん(に)や(く)
12(ん)じ(ん)
(ごま)だれ か(ぶ)
(しょう)が (→そうこ)
き(やく) (たなか)える
潰れていた文字をカッコ書きにしてみたが、これはなんのメモだろうか?
「うーん。これって、もしかして食材の名前なんじゃないでしょうか? かぶって書いてありますよね」
しばらくメモを眺めていた涼が口を開いた。
「……涼の言う通りかもしれない。『こんにやく』、『しようが』は、促音の『ゃ』と『ょ』が小さく書かれていないが、本来なら『こんにゃく』『しょうが』
……そして『12んじん』の『12』は崩れている字でわかりにくいが、おそらく『に』のことだろう。
つまり『にんじん』だな……」
『→そうこ』、『きやく』、『たなか』、『える』は違うが、他は涼が言う通り、食材の名前だ。
『たなか』『える』と言うのは、一体……
不思議に思っていると、大吾が言った。
「この『たなかえる』っちゅーのは、あのカエルの客の名前じゃな? さっき話をしたら『田中エル』って名乗っておったぞ!」
そうか、あのカエルのお客さんの名前だったのか。
ということは、この『きやく』は、さっきの『こんにゃく』と同じで促音が小さく書かれていないのかもしれない。
つまり『規約』ではなくて『客』ということになる。
なるほど!
この予告文の真相がわかったぼくは、閃いた考えをゆっくり説明し始めた。
つまり、こうだ。
促音は、急いで書いたため、走り書きになって大きく書いてしまった。
加えて『に』も崩れた字になってしまった。
そこへ突然、田中さんからの連絡が入る。
帳簿が手元になかったので、とりあえず買い物メモに名前を記したんだろう。
そしてこれを書いた主は、誰かに呼ばれたのかメモと万年筆を談話室のテーブルに置いて行ってしまった。
あとは九十九さんがさっきインクの説明をした通りだ。
つまり、偶然が重なってできたこの予告文の正体は、食材の買い出しリスト 。
そしてこれを書いたのは、食材を買う必要がある人。
そう、ペンションオーナーの小林夫妻だ。
「……そうだな。おれもプロデューサーの推理通りだと思う」
ぼくが説明をし終わると、九十九さんはうなずいてくれた。
大吾と涼は、ほっとしたような顔をした。
「じゃあ、あの予告文は賢とは何も関係ないんじゃな?」
そうだ。賢君は、何か事件に巻き込まれたわけではなかったのだ。
「安心できませんよ! まだ賢くんは見つかっていないんですから」
涼は心配そうな目でぼくに訴えた。
そうだ。早く賢君を見つけてあげないと。
消えたのではないなら、賢君はどこにいるのだろう?
「この、【そうこ】って、倉庫のことでしょうか?」
倉庫? 1階を全部調べてみたが、倉庫らしき場所は見つけられなかった。
「……厨房には保存食を保管する場所がなかった。ということは、どこか倉庫を作って置いているかもしれない……」
九十九さん、さすがの観察力だ。
ぼくは感心しつつ、倉庫のことを考える。
1階には他にも部屋はあるが、暖房の効いた部屋では野菜や果物もすぐにだめになってしまうだろう。
適温かつ適度な湿度を保てる場所は……。
「地下?」
このペンションには地下があるのかもしれない。
そこに備蓄品を置いている、倉庫がある?
「よし、その倉庫へカチコミじゃ!」
とにかく倉庫があるかもしれないことだけでも、社長に伝えに行こう。
談話室に行くと、社長は落ち着きのない様子でソファに腰掛けていた。
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